約 32,351 件
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/292.html
第一種接近遭遇 「ということはあのやたらと長い夜は月の民によるものだったのか」 秋も暮れ、冬妖怪の対策もそろそろ気になり始めた幻想郷。魔理沙は香霖堂を訪れていた。これは別段珍しい光景でもなく、これからの季節はことさら多く見られるであろう日常のひとコマである。 霖之助があの異変についてやっと口を割らせたのはつい先ほどのこと。代償にたんまりとたかられたが大して痛手を負っていなかった。差し出したのは彼にしてみればいつ「勝手に死ぬまで借りられ」たり「店主に無断で返る当てのないツケにされ」たりするかわからない品ばかりだったからだ。悲しいことに、その危険性があるのはこの店の用法がわかっている商品ほぼ全てなのだが。 しかし得た情報はそれらをはるかに上回る価値があった。霖之助は道具屋のはしくれであると同時に――もしかしたらそれ以上に――熱心な蒐集家である。風に聞く彼らの持つ高い技術力はさぞかし霖之助の蒐集欲を刺激したことだろう。その月の民が幻想郷内にいる、この情報に価値がなくてどんな情報に価値があるだろうか。おまけに出奔したとはいえ元は地位ある人物というから期待もできる。 魔理沙に約ひと月もの後れをとったがなにせ相手は魔理沙だ、ろくな交渉もしていないだろう。まだまだ価値あるものがごまんと残っているはずと霖之助は睨んでいた。 「人間の里で襲ってきたやつが半妖だったらしくてな。誰かを守るとかなんとか言って角生やして襲ってきたんだ、ただ肝試しに行っただけなのにひどい話だぜ。それに奥にいたのも不死の人間だったしな」 霖之助が自分の考えに夢中になっている間も魔理沙は話し続けていたらしい、後になって肝試しの話はごく最近のことだと知った。 正直どうでもいいと思っていたがある単語が霖之助の耳に引っかかった。 「半妖?」 「ん? ああ、半妖だ。しっぽも生やしてたから半獣の方かもしれないな」 「弾幕勝負をしたとなると女性か。半獣で少女でおそらくは後天性、何人かいるな……」 興味のないことにはとことん興味を持たない霖之助だが自身の関係もあって里の半妖については少しだけ覚えていた。そもそも彼らの時間は永いので耳にする機会が多くなるだけともいう。 「歴史がどうだの堅っ苦しいことばっか言ってたぜ」 「上白沢の娘さんか」 ちょうど喉につかえた魚の小骨がとれたような感覚を覚えると同時にこの話題に対しての興味を失くした。霖之助の興味の対象はあくまでも人知れず人里を守る半妖の正体であり、上白沢慧音と名付けられた半獣ではない。 霖之助は魔理沙の語る武勇伝に耳を傾けることにした、どうでもよくとも代価を払っている以上、聞くに値する話までも聞き逃すのはどことなく癪に障る。願わくば少しでも有益な情報を得られることを祈りつつ、魔理沙の話で暇つぶしをする。 「くしゅんっ! しまった、風邪でも引いたか」 上白沢慧音は頭を抱えていた。六日前の月に一度しかない満月の日に仕事をほっぽり出して迷いの竹林に行ってしまったことだ。それだけならまだしもそこで勝負した見知らぬ娘達には惨敗、聞くところによると妹紅も敗れたらしい。おかげでかなりの量の仕事が未消化になってしまっている。 生活必需品以外何もない質素な部屋にごろりと横になる。歴史の編纂は満月の日でなければならない、それまでは特にすることもない退屈な日が続く。 慧音は整理された引き出しからある帳簿を取り出した。その帳簿にはびっしりと何かが書かれている、どうやら人名のようだ。その人名にはひとつひとつチェックが付けられている。 ええとまだ顔を合わせてない人は、と。もう里にはいないか。慶事も弔事もなし。 彼女は里の人間に挨拶をしてまわっている。良い人間関係は気持ちの良い挨拶から、と数十年前から始めたことだが人里は端から端までもうとっくに回ってしまった。人口もそう多いわけでもないので最近はもっぱら身よりのない人に声をかけるだけになっていた、日々の糧を得る必要のない半獣故にできることである。しかし今日 は少し考えることがあった。 異変のとき出会ったあの二人組、人型妖怪だろうか? しかし片方は人間のようなことを言っていたような……。もしそうだとしたら大変失礼な真似をした。確認したいがどこの誰なのだろうか? 里の人間ではないとすると……。 頁をめくりある箇所を見る。そこには「里外の人間及び半妖。里に近い妖怪」と銘打たれている。チェックはまだほとんど付けられていない。 日を改めて香霖堂。暖かい陽気に恵まれているにも関わらずいつも通り客はいない、加えて今日は魔理沙の姿も霊夢の姿もない。しかし誰もいなかろうが店主の日常に変化はない、少し読書がはかどるだけ。それに特別騒がしくなったのはここ最近の十年程度のことだ、あと六十年もすればあっさりと入れ替わる。あの子らがそれを 素直に受け入れるかどうかまでは霖之助にはわからなかったが。 本人は気づいてないが、霖之助がらしくない妄想をしているとふと渇きを覚えた。そういえば昨日の朝から何も口にしてないなと独り言を浮かべながら茶を淹れるために奥へ下がる。 幻想郷はそろそろ申の刻を迎える。 時は少し巻き戻る。 上白沢慧音が魔法の森方面に向けて歩いていた。その足取りはしっかりしたもので、お嬢様然とした外見とミスマッチを起こしている。晴れているが日傘は差さず、機能性という言葉を真っ向から否定するようななんとも珍妙な形をした帽子を頭に乗せているばかりである。しかし、たとえ夏真っ盛りのカンカン照りであろうとも彼 女が熱中症に倒れることなどありえないのでなんら問題はない。 慧音は人探しをするにあたってまずは所在の知れている者から尋ねることにした。もしあの少女がわざわざ里から離れて暮している人間だとしたらそう簡単には見つけられないだろう、ならば里外の者から情報を集めながらの方が結果的に早くなると判断した。 帳簿によると里に最も近い里外在住者は半妖である。以前は里に住んでいたが里を出てからからは街での目撃談はあまりない。森の間近に住居兼店舗の一軒家を構えて商店を営んでいる。名前は森近霖之助。 「森近霖之助、か」 たかだか三十年も経っていないことを思い出すなど、彼女にとってはなんの労苦でもない。 そのころ霧雨店で修業していた優男がいたはずだ。霧雨の旦那さんが彼が人間ではなく、私の側の存在だと笑って言っていたのをはっきりと覚えている。 「ふふっ」 若かりしころの霧雨店店主を思い浮かべて慧音が微笑みを浮かべる。あのころは旦那さんもまだまだ若かった。 「おおい、慧音ちゃぁぁぁぁん」「こんにちわ、上白沢さん」「おっ、慧音ちゃんご機嫌だね。なんかいいことでもあったんかい?」 こうして歩いてる間にもすれ違う里の人間から次々と声がかかる。慧音も律儀に返しているものだから目的地に着いたのは彼女が想定していた時間より遅れ、太陽の傾きから推測するにそろそろ未の刻が終わろうとしているころになっていた。 慧音の知っている常識では商店とは訪れた客と店員が顔を合わせ、互いに挨拶を済ませてから商談を始めるものだと決まっていた。しかしここ香霖堂は里の外にあるだけあって一風変わった営業法をしているようだった。 彼女が入店したのは霖之助が茶を淹れに奥に引っ込んだ直後だった。慧音がごめん下さいと口を開く前に、霖之助が魔理沙か霊夢が来たと早とちりをして「適当に掛けてくれ」と言ったがために今の状況になっている。 彼女は不快な生温かさが残る椅子に座っていた。 「やあ、お待た……、誰?」 ややあって盆に急須と三つの湯呑を乗せた霖之助が見知らぬ後ろ姿を見ての第一声がこれだった。営業口調でもなければ親しい相手への口調でももちろんない。すぐに客が来たという発想に行きつけないあたりでこの店の経営状態が推察できて物悲しい。 慧音から椅子を返してもらいひとつに茶を注ぎ、迷うことなく自分で飲む。霖之助は今日もマイペースだ。 「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」 「ああ、いや。すまないんだが今日は冷やかしなんだ」 冷やかし自体は珍しいことではない。香霖堂の利益の大半は冷やかしの客を煙に巻いてよくわからない品を押し付けることによって発生している。数少ないビジネスチャンスだと喜ぶ方が正しいくらいである。 ただし、この店の商品は基本的に店主である霖之助の言い値が売買価格となる。霖之助が客のことを気に入れば真っ当な価格で――あくまでも幻想郷での真っ当ではあるが――購入できる、そうでなければその客は香霖堂の売り上げに大いに貢献できる、という素晴らしいシステムである。 立ち尽くしている慧音をちらりと流し見て霖之助は確信する。この少女はこちら側だ、なら今回はこういう手口で行ってみよう。 「へぇ、客でもないのにひとのテリトリーにずかずか入って来たのか。僕のことを知らないのかい?」 霖之助は自分でも白々しいと感じながら、できる限り敵意というものを演出する。 「森近さんが半妖だということは伺ってます」 若干緊張していることが窺える慧音に対して、霖之助は第一関門は可とした。いくら作り物でも気付けぬような愚鈍なら可能なかぎり毟ってさようなら、だ。 「そう、君と同じでね。じゃあなんで来たのかな? 妖怪同士なら互いのテリトリーを守るのが鉄則ってことくらいわかるだろう? 生まれつきじゃないとそこら辺鈍いのかもしれないけどそこまで半妖歴が浅いわけじゃないらしいし……。やはり妖怪と違って妖獣さんは躾がいるのかな?」 もし空気が個体だとしたら、壊れるときはこんな音がするであろう音を、霖之助は、確かに。 「森近……さん。私にも自身への誇りというものがあってですね、既にこれは私の一部なんです。ですから、そこまで言ったからには……もう後には引かせないぞ?」 腫れた頬を押さえながら霖之助が必死に弁解をしている。曰く、これは一種の商人の職業病だとか、自分の悪い癖でそのせいで客が付かないだとか、あなたみたいな人はかっこいいと思いますよだとか。 「お詫びに大特価でお売りしますよ、ここにあるものは全て貴重で高価な品物なんですが」 霖之助の言葉はもちろん真赤な嘘だ。皮肉のひとつも返せないようなつまらない人間なら用はない。せいぜい売り上げに協力してもらおう。それにもしかしたら本当に貴重ながらくたが混じっているかもしれないから完璧に嘘というわけではない。 自分のはしたない行為の自覚と霖之助の言い訳でようやくいつもの落ち着いた雰囲気に戻った慧音――それでも十分不機嫌だった――はここを訪れた本来の目的を思い出す。 「いや、冷やかしといってもそういう冷やかしでもないんですよ。ちょっと人探しをしていまして、昔人里で暮していらっしゃった森近さんを訪ねさせていただいたんです。このくらいの背丈の、こう言ってはなんですが絵本に出てくる魔女のような格好をした女の子と前々回の満月前に人間の里と、前回の満月の晩に迷いの竹林で会ったんです。そこでのことを少し確認して必要なら謝罪したいんです。ご存じではありませんか?」 霖之助は少し考え込むふりをすると何かを思い出したかのように。 「心当たりがないわけではありません。すいませんがあなたのお名前をいただけますか?」 「これは失礼、上白沢慧音と申します」 ビンゴ。間違い様がない。それにしてもまさか魔理沙に……。 「クッ、クックックックック」 霖之助は必死にこらえようとしたがつい笑いがこぼれてしまった。目の前の人間はあの魔理沙に謝ろうというのだ! こらえきれなかった笑いをもらし終えると慧音と向き合う。 「いやぁあなたは実につまらない、しかし奇特な人だ。それを先に言ってくれればお互い不快な目に合わずに済んだというものを! いやいやあのステップがあったからこそか。うん、そうだそうに違いない」 一体何がおかしいのかわからずに戸惑っている慧音を無視してぶつぶつ言い続ける霖之助。ひとしきり楽しんだ後にあっさりと魔理沙のことと彼女のねぐらを教えてしまう。家出中の霧雨店の娘と聞いて慧音も合点がいったようだ。 「もし家にいなかったら神社かここだ。さらにそのどちらにもいなければ森の中か物を借りに行ってるかだから出直すといい。ついでにもしよかったら魔理沙と会ってどういう話に展開していったか教えてくれると嬉しい」 最後に、予想はついてるんだけどね、と付け加える。 日はだんだんと短くなっており、窓の外はもうオレンジに染まり始めていた。 「ああ、もうこんな時間だ。済まないが私はそろそろお暇させていただくとしよう」 そのままなし崩しに突入した霖之助の独演会から逃れるチャンスができたことを慧音は本気で感謝していた。 もし今が夏だったらと思うと背筋が凍りそうだ。 「もう日暮れか、これからが面白いところなのに残念だな」 慧音はこれからの人生で決して天道虫だけは殺さないことを誓い、店主の気が変わらない内にとそそくさと帰り支度をする。そして逃げるように、というより香霖堂から逃げ出す。 「あ」 ドアに手がかかったところで不吉な声が聞こえた。 本人の意思とは別に礼儀として振り返る。かわいそうなことに首のあたりのネジに油を差す必要があるんじゃなかろうかと思われるほどに動きがぎこちない。 そこにはついぞ中身が客人に振る舞われることのなかった空の急須を持ち上げる霖之助の姿があった。 「次はお茶をごちそうするよ。祖茶でよければ」 やっと帰路に就けた慧音は自問していた。 (私の記憶にある森近霖之助はもう少しまともだったはずだが、あそこまで変容するものなのだろうか? 住所録に間違いでもあったんじゃないだろうか。あの好青年は一体どこへ……) 堅物の少女の混乱する様を想像していた。 (そういえば霧雨店で世話になっているときは半妖の客がいたら片っ端から挨拶させられたな。霧雨店の名前を背負っている以上変な真似をしないようしていたから記憶と食い違いがあるだろう。それにしても堅物もあそこまでいくと逆に見ていて面白いものだ。弾幕勝負は基本的に両者の合意があった場合に行われるものだからどちらが挑んだか、なんてほとんど関係ないのに) 霖之助の抑えた笑い声と頁をめくる音は実に気味が悪い。 つづけーね
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/188.html
次の話へ 【趣味が高じて……】 魔法の森に店舗を構える香霖堂。 大抵の客は商品の代価を払わないこの店にも、まともな客がこないわけではない。 この日香霖堂に訪れたのは、そんなまともな客の一人、アリス=マーガトロイドだった。 「いらっしゃい」 相も変わらず来客に一言だけ発して手元に目を落とす霖之助。 「毎回思うんだけど、もう少し丁寧に応対したら? お客さんとして言わせてもらえば、品揃えが同じでも店員の態度がいい店を選びたいものよ」 「僕はそうした応対が苦手でね。この店は半ば僕の趣味であり、趣味とは楽しむものだ。 ここに苦手なことを無理やり組み込めば、店を続けること自体が苦痛になっていくかもしれない。 その結果店を閉めることになれば、それこそお客さんに迷惑だろう。 よって僕は僕の思うがままに応対させてもらう」 何を言っても無駄か……。そう思ったアリスがふと霖之助の手元に目をやると 「霖之助さん……裁縫できたの?」 普段本を読んでばかりいる店主の手元には、珍しく針と糸が握られていた。 霖之助といえば家事か商品の仕入れか読書しかしないものだと思っていたアリスにとって、これはかなり意外だった。 実際のところ霖之助は裁縫もするしマジックアイテムも作れるなかなか多芸な男であり、 まれにしか店に訪れないアリスが今日までそれを目にすることがなかっただけなのだが。 「魔理沙や霊夢が弾幕ごっこで破れた服の修繕を押し付けてくるからね……。 霊夢の服を一から仕上げることも度々あるし、今ではそれなりの腕だと自負しているよ」 対価をもらったことは一度としてないけどね……と愚痴る霖之助に苦笑いで応えるアリス。 ここでふと思い当たる。洋服の仕立てに必要な事を。 「霖之助さん……霊夢の採寸したの?」 「……」 アリスの頭では早くも霊夢の服を脱がせてサイズを測る霖之助の図が展開されている。 視線から軽く軽蔑の念を感じた霖之助は、いらぬ誤解を避けるために口を開くことにした。 「君は洋裁を基準として考えているようだが、霊夢の服は和服を基本とした物だ。 そして、和服は基本的に着る者に合わせてサイズを変えることはほとんどないんだよ。 和服には基本的に子供用、女性用、男性用があるだけ。細かい調節は着付けの段階でやることなんだ。 だから霊夢の身長さえわかっていればあとは何とでもなる」 「随分いい加減ね……。服を作るなら着る人に最適なものを作るのが誠意というものだと思うけど」 「確かにそうかもしれないが、そうすると本人しか着れなくなるだろう? 特に女性は出産で体型が変わることもあるし、この方法なら親から子に高価な服を受け継いでいくこともできる。 君に言わせれば、大切な人間に送る服は相手に合わせて仕立てるべきなんだろうが、日本人は金に任せて新しく作った ものよりも、自分が長い間大事にしていたものを与えることにより大きな意義を見出している。 自分がそれほど大事にしてきたものを授けるくらいに、相手を愛しているということだからね」 そう言われると、アリスも否定する気にはならない。 むしろ和裁というものに俄然興味が湧いてきた。 今までの自分とは異なる発想。その発想に基づいて積み重ねられた技術なら、何か人形作りに活かせるかもしれない。 それに、この店主は他にもいろいろ知っていそうだ。 「霖之助さん、和服と洋服の違いについてもう少し聞かせてくれる?」 霖之助としては正直めんどうくさいのだが、この少女は上客だし、機嫌を損ねるのは得策ではない。 それに和服に興味を持ってくれれば、さらに売り上げが期待できるかもしれない。リスクがタダ話なら安いものだ。 「いいだろう。まず……」 これが全ての始まりだった。 次の話へ
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/221.html
次の話へ 「お邪魔します!」 元気な声と共に入ってきたのは、紅魔館の門番こと紅美鈴。 「おや、こんな昼間から珍しいね。今日はお休みかい?」 「ええ、お嬢様が『部下を労わるのも主の勤めよ』ということで、定期的にお休みがいただけることになったんです」 休みがもらえたことよりも、気遣ってもらえたことが嬉しいのだろう。 大輪の向日葵のような笑みを湛える彼女に、知らず知らずこちらも口元が緩む。 「そうか、それはおめでとう。 それで、その大切な休日にわざわざこんな店まで来てくれた、と。光栄のあまり言葉もないよ」 「またまたそんな。良いお店ですよここは。落ち着くって言うか。咲夜さんも褒めてましたし」 どうやら紅魔館におけるこの店の評価は上々のようだ。 「ありがとう。それじゃあゆっくりしていくといい。 お茶を入れてくるから待っていたまえ」 「いえ、そこまでしていただくわけには……」 こういうところで遠慮するあたり、彼女の人の良さが垣間見える。 霊夢や魔理沙も見習って欲しいものだ。言っても無駄なので口には出さないが。 「なに、僕の店を褒めてくれたお礼だよ。受け取ってもらえないと、僕が悲しくて死んでしまう」 「ふふっ、わかりました。霖之助さんに死なれては困りますしね」 口元に手をやって笑う美鈴。慣れない冗談にも相手をしてくれる。やはり彼女は好ましい客だ。 「店のものは好きに見てて構わないよ。それじゃあ」 しばし穏やかな時間が続く。 美鈴が品物を物色し、手にとっては霖之助に説明を受ける。 その姿をなんとなく見ている霖之助。 ここで、少し前に無縁塚で拾った商品を思い出す。 この女性にとって有益なものになる可能性が高いその品。 ここは一つ、勧める前に彼女のほうの情報を集めようか。 「そういえば美鈴、少し教えて欲しいんだが」 「はい? 何でしょうか?」 「君は今、どんな下着をはいているんだい?」 店の空気が一気に凍りついた。 何かまずいことを聞いただろうかと悩む霖之助。 その瞬間、美鈴の両目からはらはらと涙がこぼれた。 顔に手を当てて嗚咽する美鈴。 「……うう」 わけもわからずあわてる霖之助。 理由はさっぱりわからないが、今の流れだと間違いなく自分がきっかけだ。 そうこうしているうちに美鈴が次の行動に出る。 「霖之助さんは……霖之助さんだけは、他の自分勝手な人たちとは違うと信じていたのに……。 優しくて常識のある人だと……信じてたのに……っ!」 間一髪、飛び出していこうとする美鈴の手をつかむことに成功する。 「ちょちょ、ちょっと待ってくれ! 別に変な意味じゃないんだ!」 「離してください! 今の発言に変な意味がないわけないじゃないですか!」 流石に力が違うためズルズルと引っ張られるが、ここで誤解させたまま行かせるわけにもいかない。 「とにかく話を聞いてくれ! 確かに言葉が足りなかったが、本当にやましいつもりはないんだ!」 結局、十数分間にわたる説得により、何とか美鈴を店につれもどすことに成功した。 「ぜぇはぁ」 久しぶりに全力を出した霖之助は息が切れまくっている。美鈴は息一つ切らしていないというのに。 少し男のプライドが傷つくが、今そんなことはどうでもいい。 いまだに不信な目を向ける彼女を説得しなければ。 「何度もいうように……君の下着について聞いたのは……商品を勧めるにあたっての情報収集のためで…… やましい意味じゃないんだよ……」 「……じゃあ最初にそう前置きしてくださいよ」 ぷぅ、と頬を膨らませて睨みつける美鈴。よし、聞いてくれる気にはなったか。 「そのことについては本当にすまなかった。謝罪の言葉もないとはこの事だと痛感しているよ」 「……もういいです。それで、その商品というのはなんですか?」 内心の安堵を抑えつつ、まずは情報提供に移る。 あれの形状は今見せるには少々まずい。心を落ち着かせてもらわねば。 「その前に、僕の考えを聞いてくれ。 僕が君の下着について聞いたのは、君が今来ている服の形状から一つのことを懸念したためだ。 聞くところによると君は弾幕より格闘のほうが得意なんだろう? となると、蹴り技を放つときにそのスリットの入った服ではなにかと問題があるんじゃないか?」 「……」 霖之助のいうことは間違ってはいない。 が、先ほどの顛末もあっておおっぴらにそういうことを言うのはためらわれる。 それに、いかに霖之助といっても男性相手にこの話題は恥ずかしい。 返事はなかったが、それを肯定と受け取った霖之助はさらに話を進める。 「幻想郷ではいわゆるドロワーズをはくことでそういった問題に対応している。魔理沙なんかが良い例だろう。 しかし君の着ている服ではドロワーズはまず邪魔になる。 となるといわゆるショーツといわれる下着の出番なのだろうが、残念ながら幻想郷で安定して入手することは難しい。 しかも格闘を主体とする君ではすぐに擦り切れてしまうだろうが、かといって何もはかないなどというのは論外だろう」 「……そうですね」 返事が返ってきた。 生真面目な彼女のことだ。こういう話を堂々とするには抵抗があるのだろうが、やはり今自分が言ったような問題が気になってはいるらしい。 「確かにそうです。一応下にはくズボンはあるんですが、冬は良くても夏は熱くて仕方ないですし」 「だからこそ、これを君に勧めようと思ったんだ。 外の世界の女性が運動時にはくもので、まあ水着の仲間のようなものだろうね」 そう言って霖之助が取り出したのは、どこからどう見ても完膚なきまでに、 ブルマだった。 次の話へ
https://w.atwiki.jp/thvision/pages/41.html
《森近 霖之助》 No.028 Character <第一弾> GRAZE(2)/NODE(4)/COST(2) 種族:人間/妖怪 (自分ターン)(1): ターン終了時まで、〔あなた〕は装備カードが持つ「神器」の効果を無視することが出来る。 攻撃力(5)/耐久力(3) 「何時の間に店に来てたんだい?」 Illustration:仄柑 コメント 「香霖堂」店主。 本来伝説を所持しなければセット出来ない神器をセット出来るようにする。 今の所、神器を伝説を持たないキャラにセットする手段はこのカードと墓泥棒、天狗の小槌の3種類のみである。 その意味で希少な能力と言えるのだが、このカードのコスト+能力コストの3点掛かり、場に出す為の手間も掛かる。またこのカードにより神器をメインとして考えるなら、何らかのサーチ手段も用意しなければ心許ない。 特に主要な伝説所持キャラクターは自身のスペル神器の術者も兼ねている事が多い為、わざわざこのカードを使って他のキャラにセットさせるよりは普通に運用した方が楽で、なおかつ強力であったりする場合が多いのも事実である。 それでも、本来セット出来ないキャラに強力な装備をセットさせるという点から、様々なコンボが考えられる。 本人の戦闘力も結構高めで、アタッカーとして悪くは無い性能をしているので、このカードでしか出来ないデッキ構成を考えるのも一興だろう。 非戦闘員の彼の攻撃力が高いのは、「東方世界の男性は弾幕ごっこをしないだけでやはり身体能力は女性より高い」という設定に従ったかららしい。当初グレイズが0だったのも、弾幕を用いないという設定に基づいたものだろう。 コスト面で大幅に有利な天狗の小槌の登場により若干影が薄くなったかもしれない。 エラッタによりグレイズが0→2になった。 関連 第一弾 Revision Package スターターデッキ紅 森近 霖之助/7弾 森近 霖之助/12弾
https://w.atwiki.jp/pmvision/pages/335.html
森近 霖之助/1弾 森近 霖之助/7弾 森近 霖之助/12弾 森近 霖之助/16弾 森近 霖之助/20弾
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/928.html
〇〇「霖之助さん、もう雑誌が無いですよ?」 霖之助「おや、そうかい?君が店番すると雑誌がすぐになくなるな。また無縁塚でまた拾って来るか。」 森近霖之助が経営する香霖堂に働く従業員の青年〇〇。 外来人の彼は魔法の森で迷っている所を霖之助に保護され、幻想郷の説明を受けて驚き困っていたが霖之助から外界の道具の使い方と店番を手伝う条件でしばらくの間、居候させてもらっていた。 〇〇「そうですね、皆さん他の商品には脇目も振らず雑誌のコーナーへ一直線ですよ。」 客として訪れるのは博麗の巫女に白黒の魔法使い、紅魔館のメイド長に守矢神社の巫女、幻想郷の管理人である八雲の主従や、白玉楼の主従、永遠亭の主従に果ては人里の守護者と言った幻想郷の重鎮である人間や妖怪が〇〇が店番している時に雑誌を求めて訪れていた。 〇〇「しかし、あの雑誌を買うのはやっぱり女性の皆さんは憧れるものなんですかね?」 幻想郷の人妖の女性が求めていた雑誌、それはある日無縁塚から〇〇が拾って来た「ゼク〇ィ」だった。 試しに店頭に並べてみたら大盛況だったから拾って来る度に並べているが…。 〇〇は気がついてなかった。人妖問わず気さくに接する〇〇を会計の時に彼女達が獣が獲物を見つけたような目で見ていることを。 そして、それから数日後に無縁塚で「た〇ごクラブ」と「ひ〇こクラブ」を見つけた〇〇。 当然、店頭に並べるとさらに彼女達が頻繁に香霖堂に訪れることを。 霖之助(やれやれ…どうなっても知らないよ〇〇君?)
https://w.atwiki.jp/pmvision/pages/145.html
《森近 霖之助》 No.1490 Character <第十六弾> GRAZE(1)/NODE(2)/COST(1) 種族:人間/妖怪 (自分ターン)0: 〔あなた〕はカードの種類を1つ宣言し、〔あなたのデッキの上のカード1枚〕を公開する。公開したカードの種類があなたの宣言したカードの種類と同じだった場合、公開したカードを手札に加える。異なっていた場合、公開したカードを破棄する。この効果は1ターンに一度、メンテナンスフェイズにしか使用できない。 攻撃力(3)/耐久力(2) 「まだ、開店まで随分と時間が有るんだが…いったい何の用だい?」 Illustration:鳥居すみ コメント 香霖堂の店主。 今回も後衛から戦線をサポートすることに努めている。 長々と書いてあるが、要はデッキトップの種類を当てればそのまま手札に加えられる効果。 このゲームのカードはキャラクターカード、スペルカード、コマンドカードの三種類に区分されているので、ただ使用するだけでは1/3の確率でしか手札を増やせない。 おまけに単体での戦闘力は著しく低く、とどめと言わんばかりにルーミア/14弾の圏内なので、何の策もなく漫然と投入しただけではデッキ枠の圧迫にしかならない。 そのため、確実に効果を活かせるようなデッキに投入して積極的にアドバンテージを稼ぐ必要があるだろう。 分かりやすい策としては逆転「リバースヒエラルキー」デッキのような特定の種類を排するデッキに投入してヒット率を水増しすること。 いっそのこと明羅/9弾や河城 にとり/11弾と合わせてキャラクター以外のカードを最小限に抑えたデッキを構築してもいいかもしれない。 自身の店の商品である河童の五色甲羅との相性は抜群、宣言を行う前にデッキの上のカードを操作できるので最低でも1枚は手札に加えられる上に運がよければ2枚まで追加で手札に加わる可能性がある。(QA-320) また、宏観前兆のようなデッキトップを調節できるカードと組み合わせて確実に効果をヒットさせていくのも有効である。 この場合、見たカードの中に小野塚 小町/11弾のように冥界にいてほしいカードが混ざっていた場合、あえて効果を外して冥界を肥やしていくという荒業もある。 上手く使えばノーコストでカードを引くことができるが、最大の敵は効果発動までのタイムラグ。 コマンドを駆使して相手ターンを生き残れるようにしたいが、デッキ構築次第ではそれすらままならないのが悩ましいところ。 また、引くカードを一度相手に見せるという性質上相手に対策を取られやすく、姫海棠 はたて/PRのようなカードに弱い点にも気をつけた方がいいだろう。 収録 第十六弾 Liberal Emotion 関連 森近 霖之助/1弾 森近 霖之助/7弾 森近 霖之助/12弾 森近 霖之助/16弾 森近 霖之助/20弾
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/196.html
前の話へ 次の話へ あらすじ 和服の話題を通じて互いにフラグ成立したアリスと霖之助。 嫉妬した魔理沙が爆発、修羅場になる。 霖之助は紫に背中を押され、いち早く立ち直った。 一体どれくらいの時間がたったのだろうか。 部屋を閉め切っているから、今が昼か夜かもわからない。 ずっとベッドにうずくまっていたせいか、体中が硬くなっているのがなんとなくわかった。 霖之助とアリスに対する負の感情はピークを越え、今は小康状態だ。 代わりに、自己嫌悪が心をじわじわと侵食していた。 「……やっちまったなあ……」 もっと賢い方法があったかもしれない。 あの時点での行動次第では、今のような未来が訪れはしなかっただろうに。 合わせる顔がないというのはこういうことかと、体験して初めてわかった。全く嬉しい経験ではないが。 「……はは」 そんなことを考えている自分がおかしくて、声に出して笑ってやった。 今考えることはそんなことじゃないだろう。 少し冷えた頭は、アリスの言葉を浮かべてくる。 ―――あなたの想いが本物なら、また私の前に立ちふさがりなさい――― 最初は、諸悪の根源が何を、と思った。 しかし、よく考えてみればおかしな話だ。 アリスが霖之助を奪いたいなら、そんなことを言いに来る必要はない。 兄を取られたようで悔しいんだろうとでも言っておけば、あの朴念仁は簡単に騙される。 そして自分が沈んでいるうちにまんまと篭絡すればいい。 これ以上簡単な話はないはずなのに、アリスはわざわざ恋敵を激励しに来た。 そもそも今から対等な勝負を挑んだって結果は目に見えている。 店での反応を見れば一目瞭然。霖之助の気持ちが誰にあるのかわからないほど短い付き合いではない。 だがアリスはそんなことを微塵も考えていないのだろう。本気で正々堂々と戦う気だ。 (あいつらしいと言うかなんと言うか……) そうだ。アリスはそういうやつだった。 普段は斜に構えたような態度で、自分の好意を意地でも悟らせないような言動が目立つ。 なのに、人が迷惑かけても文句は口先ばかりで、困っていたら損得抜きで助けてくれる。 ひねくれもののおせっかい。 今回もきっとそうだ。 「……やれやれ」 気がつけば口元が緩んでいる。 ああ、全くこんなの自分らしくない。 勝ち目なんかないに等しい。立ち上がったところで、また打ちのめされ一敗地にまみれるだけだろう。 それでも、膝を屈することは許されない。 せめて、あの不器用で真っ直ぐな友情だけは失わないために、決着だけはきっちりつけてやる。 「悲劇のヒロインなんて、真っ平ごめんだぜ」 一方、アリスはいまだに自己嫌悪の渦から抜け出してはいなかった。 魔理沙にはああ言ったものの、この件で自分に何ができるというのか。 結局のところ、自分か魔理沙かを選ぶのは霖之助だ。 自分はただそれを待つだけ。 いまさら霖之助の気を引くことなどできるわけがないし、これ以上魔理沙に塩を送るような真似もできない。 結局全て自分のエゴだ。霖之助を魔理沙から掠め取るような真似をしたくない。それなのに、霖之助を失うのが怖い。 「アリスーーー! 出てこーーーい!」 ああ、ついに幻聴まで聞こえ出したか。 いまあいつがここに来るわけなんてないのに。 「いるのはわかってんだ! 出てこないならこの家吹っ飛ばすぜ!?」 うるさい。今はそっとしておいてくれ。 「よーし良い度胸だ! さーん! にー! いーち!」 ああもう、幻覚までが自分を追い詰めるというのか。 「うるさいわね! 用事があるならそっちが勝手に入ってくれば良いでしょ!?」 怒鳴りつけると声は聞こえなくなった。 やはり幻聴か。自分もなかなか追い込まれている。 そう思った瞬間、 ガチャ 「人が折角立ち直ってきたってのに。全くご挨拶なやつだ」 あれ? 「ほらさっさと立て。香霖のとこに行くぞ」 「何……で……?」 なぜこいつがここにいるんだろう。 「何でってお前が言ったんじゃないか。また立ちふさがりに来いって。それともありゃ嘘か? ほら、早く立てって。」 「あ……うん」 「よし、じゃあ香霖のとこにいくぞ。あいつにはきっちりカタをつけてもらわないとな」 「ねえ」 「あん?」 「あんたはそれで良いの? なんなら私は何日かじっとしてるからその間に……」 「おいおい、私をなめるのも大概にしろよ」 睨みつける魔理沙。 「そんなお情けをかけてもらって、それで勝ったからって何も嬉しくないぜ。 どんなに不利な状況でも構わない。自力で勝ち取ってこそ意味があるんだ お前が私の立場でもそうだろう?」 言葉が詰まる。そうだ。もう自分にできることなんて何もない。 威勢のいいことを行っておいて情けない限りだが、霖之助の選択を甘んじて受け入れよう。 「わかったわ。あんたは本当にそれで良いのね?」 「くどいぜ。女に二言はないって言うだろう?」 魔理沙がここまで言うのならば、もう何も言うまい。 後は霖之助がどのような選択を取るのか、ただそれだけだ。 2人の魔法使いが並んで空を舞った。 前の話へ 次の話へ
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/248.html
【彼の主義】 「最近変な妖怪が出るようになったらしいわね」 話題を切り出したのは、七色の人形遣いことアリス=マーガトロイド。 いつものように、売買を終えた後の雑談をしていたときのことだ。 「変なと言われても、僕の知り合いでまともな妖怪はむしろ少ない気がするんだが」 「……まさかその中に私も入っているんじゃないでしょうね?」 「おや、君は魔法使いであって妖怪ではないと思っていたんだが、まさか普通ではないという自覚でもあるのかい?」 「く……」 ニヤリと笑う霖之助。 どうも最近こんなふうにからかわれることが増えたような気がする。 いかにも苦々しく思ってますと言わんばかりの顔をするアリスを見て、霖之助はその笑顔を優しいものへと変えた。 「冗談だよ。むしろ僕にとっては君ほど褒めるに困らない性格の知り合いこそほぼ皆無だ。 僕の主観を君が信用できるかどうかはまた別の話だがね」 からかわれてばかりかと思えば、こうして手のひらを返したかのように褒めてきたりもする。 正直怒っていいのか喜んでいいのか複雑な心境だ。 まあ、こういう掛け合いのできる友人は往々にして得がたいものだし、多少は大目に見るとしよう。 「私が言ってるのは性格がどうのこうのという話じゃないわよ。 その妖怪は見た目が人間なら種族を問わず襲い掛かってくるらしいの。多分、幻想郷では新参なんでしょうね。 霖之助さんはまさしく人間にしか見えないんだし、大して強くもないんだから気をつけなさいよ」 「おや、心配してくれるのかい?」 「だっ、誰がよ!? この店がなくなったら不便だって言ってるの! 何で私が霖之助さんの心配なんて!」 「僕のことを、とは一言も言ってないんだがね?」 「今の言い方なら誰が聞いたって霖之助さんのことに聞こえるわよ!」 前言撤回。霖之助の評価をやや下方修正することにして、アリスはぷんすか怒りながら帰っていった。 「さて……」 アリスが店から出ると、霖之助は様々な道具を取り出して占いを始めた。 「今日これから、か」 別人のように鋭い目つきでその結果を見ると、霖之助は店の奥へと向かうのだった。 「まったく、最初に会ったときはもっと優しかったくせに、最近どんどん意地が悪くなってるんじゃないの? って違う! これじゃ霖之助さんに優しくして欲しいみたいじゃない!」 香霖堂を飛び出したアリスは、自宅へ戻る道中で最近の霖之助の態度について考えていた。 「まあ、そりゃ私だって優しく接して欲しくないわけじゃないんだけど。 でもあの態度はつまり、私との関係が軽口なんかじゃ壊れないって思ってるわけだし、そう考えたら私だってまんざら でも……。 ああもう何言ってんだろ。早く帰ろう」 そんなふうにぼやきながら歩いていると、背後から何かがつけてきている気配がすることに気が付いた。 足を止めてあたりを見回しても何もいない。だが、何かがアリスを観察しているように思えて仕方がないのだ。 勘違いであればいいが、楽観視していて本当に襲われたら洒落ではすまない。 「まずいわね、こんなときに……」 今日は買い物だけ済ませてすぐに帰るつもりだったため、上海以外の人形は連れてきていない。 もしこちらを見ているのが件の妖怪だとすれば、今戦うのは少々心もとなかった。 家に向かって足を速めるアリスだが、何かの気配は遠ざかるどころかどんどん近づいてくる。 走り出したアリスの背後、やや上のほうから、ガサッ、ガサッ、という音が聞こえだした。 どうやら木の枝から枝へと飛び移っているらしい。 おそらく逃げきれはしないし、家に着いたところで鍵を開ける余裕など与えてくれはしないだろう。 アリスはここで迎撃しようと腹を括った。 足を止め、周囲を警戒するアリス。 敵もこちらの雰囲気が変わったことに気付いたらしく、気配を消して様子を伺っている。 そんな状態がいつまでも続くかと思われたが、敵は早々に痺れを切らしたらしい。 ガサッと言う音に反応したアリスの目に、飛び掛ってくる大きな影が映った。 咄嗟に身を引いてかわすと、地響きと共に着地したソレと目が合う。 「猿!?」 そこには黒い毛に覆われた、身の丈2メートル程の大猿がアリスを睨みつけていた。 狒々(ヒヒ)。猿の姿をした、もしくは年老いた猿が変化した妖怪である。 獰猛でよく人を襲い、特に女性が餌食になることが多い。 本来の大きさは約3メートル。この狒々は力が弱いか成り立てのどちらだと思われる。 標準より小さいとはいえ、動きは早いし力も強いだろう。 アリスと目を合わせたのは一瞬のことで、狒々はすぐに木々の間へと飛び込んでいった。 逃げたわけではない。予想以上に反応のよいアリスを強敵と認め、全力で命を取りに来るつもりだろう。 追いかけようかとも考えたアリスだが、森の中は狒々の土俵だ。ここで待ち受けたほうがいいだろう。 スペルカードを展開する時間はおそらくない。 さっきの動きから考えて、間に合うかどうかは5分5分だ。賭けに出るにはあまりに分が悪い。 狙うなら、さっきのような着地の瞬間。攻撃をかわすと同時に弾幕を打ち込んでやる。 普段のような拡散する弾幕ではなく、魔理沙のマスタースパークのように一撃の威力を重視して魔力を練る。 念のため上海にも同様の魔法を準備をさせ、アリスは周囲の様子を伺った。 アリスを追いかけてきたときとは違い、狒々は完全に気配を消している。 となれば、頼るべきは聴覚だ。やつが飛び出してくる瞬間、茂みを抜ける音が必ず聞こえる。 耳に神経を集中させ、ひたすら待ち構えるアリス。 いつでも反応できる状態を保つというのは、想像を絶する集中力を要する。 どのくらい待ち続けただろうか、集中力の限界が近いアリス。 その耳が、草木の揺れる音を捉えた。 バッ! と音の方向を見たアリスの目に移るのは、ただ森の姿のみ。 呆気にとられたアリスの右、警戒の薄れた瞬間を突いて狒々が飛び出してきた。 「なっ!?」 まさかこちらが音を頼りにしていることを見抜いていたとは。最初の音は石か何かを投げた音か。 敵を甘く見ていた自分に歯噛みしつつ、迫り来る狒々に魔法を放とうとするアリス。 (ダメだ! 間に合わない!) 虚を衝かれた分、こちらの動きがわずかに遅い。どう足掻いても敵の爪が先にこちらの体に達するだろう。 だからと言って諦めるのは論外だ。間に合わなくてもせめて一矢報いてみせる! 手の届く位置まで来た狒々が右腕を振りかぶる。 次の瞬間襲って来るであろう衝撃に歯を食いしばりつつ、アリスは用意していた魔法を放った。 ズドン!!! 森中に響くような轟音。 だが、アリスの体に痛みはない。 狒々の爪は、アリスの体まで後数ミリというところで停止しており、その胸には大きな風穴が開いていた。 「間に……あった……?」 ペタン、とその場に腰を下ろすアリス。 とたんに暴れだす心臓を抑えつつ、湧き上がる違和感について考えた。 おかしい。どう考えても狒々の爪はあと20センチは進んでいたはずだ。 そういえば、狒々が手を振りかぶった瞬間、わずかに動きが鈍ったような気がした。 通常であれば気が付かない、ほんのわずかな硬直。 原因が何かはわからないが、あれがなければアリスも無事ではすまなかっただろう。 「……いいや、考えても仕方ないし。とにかく、怪我がなくてよかったぁ」 はしたないとは思ったが、地面に大の字になって横たわるアリス。 はあ~っ、と息を吐いてから見ると、狒々はゆっくりと崩れ落ち、そのまま動くことはなかった。 どうやら完全に絶命したようだ。ならば、今は帰って休もう。短い戦いだったが非常に疲れた。 よろよろと立ち上がり、自宅へと向かうアリス。 そんなアリスの姿を、一羽の烏がじっと見つめていた。 すう、と視界が森から室内へと変わる。 霖之助は式神との視界共有を終了させ、軽く安堵の息を吐いた。 香霖堂の地下に作られた隠し部屋。その床に描かれた直径3メートルほどの魔方陣の上で、霖之助は座禅を組んでいた。 この陣は、東洋魔術と西洋魔術を組み合わせた霖之助のオリジナル。 簡単に言うと大掛かりな魔力増幅器にして隠蔽装置。 先ほど狒々の身に起こった不自然な硬直は、この陣を介して霖之助がかけた呪によるものだった。 「危ないところだった。まだまだ彼女も甘いな……」 狒々との戦いぶりを見て、アリスをそのように評する霖之助。 魔理沙やパチュリーにしてもそうだが、どうも彼女たちはスペルカードルールに慣れすぎている。 最近の幻想郷がいかに平和とは言っても、正々堂々と襲ってくる敵ばかりとは限らないというのに。 今回はたまたまアリスの運勢を占った霖之助が陰ながら手を貸すことにしたが、次も上手くいく保証はどこにもない。 「弾幕は火力。弾幕はブレイン。弾幕は属性。確かに間違ってはいない」 彼女たちの特性と弾幕勝負の性質を考えれば、これらは正しい理念だ。 だが、と霖之助は眼鏡を押し上げる。 「"魔法"は……秘匿性だよ」 彼(相手)を知り、己を知れば百戦して危うからず。よく知られる孫子の言葉だが、これにはまだ続きがある。 『彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず敗る』 自分自身のことがよくわかっていても、相手の情報が全くなければ勝率はせいぜい5割である。 自分のことも相手のこともわからないようでは、勝つことなど到底できはしない。 言い換えれば、たとえ自分自身を知り尽くした熟練のものが相手でも、こちらの内情を一切知らせなければ5分以上の戦いが見込めるということだ。 この言葉に従い、霖之助は己が魔法使いであることを徹底的に隠し通してきた。 この部屋もあらゆる手段で持って隠蔽してあるし、使う術にしても、古今東西の魔術から秘匿性が高いものばかりを選んでいる。 己の内情はおろか、己が敵であることすら悟らせずして敵を倒す。これが魔法使いとしての霖之助の信念だ。 アリスを助けるにしても、直接狒々の息の根を止めるなり、もっと簡単な方法はいくらでもあった。 それでもあのようにややこしい方法をとったのは、ひとえに自分が魔法使いだと悟られぬため。 魔法も使えぬ貧弱な半妖を装っておけば、無用の争いに巻き込まれることはないからだ。 今回の狒々のように無差別に襲ってくる輩でも、こちらを侮っているなら不意をつくなり煙に巻くなりどうとでもできる。 その代わり、彼女たちが得意とする派手な弾幕ごっこはまるで専門外になってしまった。 おそらく八雲紫あたりは気付いているだろうし、勘のいい霊夢もどうだか分かったものではないが。 地下室の入り口を完璧に隠すと、霖之助は店番を再開すべく定位置に座った。 数日後。 「というわけで大変な目にあったわ。 とりあえず誰彼構わず襲い掛かるような妖怪はいなくなったから、安心していいわよ霖之助さん」 「それはありがたいね。お礼に今度は、心ばかり割り引きさせてもらおうか」 「……随分素直ね。逆に不気味だから遠慮しておくわ」 どうやら、アリスの考える霖之助像はあまりよろしくないようだ。 苦笑しつつ、霖之助は少し真剣にアリスに声をかけた。 「それはさておき、アリス」 「何よ?」 「ありがとう、無事に帰ってきてくれて。君に怪我がなくて本当によかった」 しばし呆然と霖之助を見ていたアリスだが、見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。 「な、何よいきなり!? わかったわ! どうせ常連がいなくなったら店の儲けがどうとかってことでしょ!? 女の子が大変な思いをしてきたってのに、仕方ない人ねまったく!」 「そうだね、僕の店の帰り道で妖怪に襲われたなんて噂が立つのはよろしくない。 経営維持に協力感謝するよアリス」 それを聞いて、怒りつつも嬉しそうだったアリスの顔に影が降り、動きもぴたりと止まった。 ゴゴゴゴゴ、という効果音が聞こえた直後、 「あ、あんたって人はぁぁーー!!!」 ムキー!と憤るアリス。 それをのらりくらりとかわす霖之助は、実に活き活きとした表情を浮かべるのだった。 おまけ、というか別ルート? 「ありがとう、無事に帰ってきてくれて。君に怪我がなくて本当によかった」 しばし呆然と霖之助を見ていたアリスだが、見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。 「な、何よいきなり!? わかったわ! どうせ常連がいなくなったら店の儲けがどうとかってことでしょ!? 女の子が大変な思いをしてきたってのに、仕方ない人ねまったく!」 「そうじゃない。店云々じゃなくて、君とまたこうして話ができることが嬉しいんだ」 「あう……」 更なる追撃に声が詰まるアリス。その様子を彼方から覗く影があった。 「アリス……。色を知る年かッッッ!!!」 いろいろとごめんなさい。
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/176.html
「ふむ……今年はなかなか豊作だな」 魔法の森の入り口にある店、香霖堂。 店主の森近霖之助は、最近蜂蜜作りに目覚めていた。 最初は自分で使うために作り始めたのだが、これがなかなか奥が深い。 季節によって巣箱の中の板の数を変え、温度湿度の管理は欠かせない。 集まった蜂蜜を全て採ってしまうと蜂が餌不足で死んでしまうので、蜜を集められない秋から早春のためにどのくらい貯蔵させるか計算する。 蜂も生きている以上は病気になるので、健康管理も重要だ。 冬は巣箱を回収し、室内でより厳密に環境を調節する。 手間はかかるが、その分取れた蜂蜜は美味だし、今では巣箱を増やして店の商品としても評判は上々である。 が、それを快く思わないものもいるにはいるわけで。 【共存?それとも……】 その日の作業を終えた霖之助が店に戻って読書をしていると、 「リ グ ル キィィィーーーック!!!」 怒声と共にいきなり店の戸が吹っ飛んできた。 予想外の事態に硬直していると、戸は霖之助の頬を掠めて住居部分へと突入。派手な音と共に襖や障子を薙ぎ倒す。 犯人は緑の髪と触覚を頭に乗せ、半ズボンをはいた蟲の妖怪。名前はリグル=ナイトバグ。 「蟲たちに聞いたよ!この店が蜂蜜を売っているって!」 どうやら香霖堂の品揃えに不満があるらしい。 なんとなくその怒りの原因を悟った霖之助は、とりあえず情報を引き出すことにした。 「いかにも、最近のうちの目玉商品だが、それがどうかしたかい?」 「開き直るとは不届きな人だね! 私が知らないとでも思ってるの!? 蜂蜜を採るって事は蜂の巣を壊すって事でしょう!? 自分達の都合で蟲たちの生活を」 「君はいったいいつの話をしているんだ!!」 「ひえっ!?」 怒りの原因を確信した霖之助は、とりあえず機先を制することにした。 相手が話している最中に大声で割り込む。 あまり褒められた方法ではないが、もともと過激な性格ではないリグルには効果覿面のようだ。 反論されるとは思っていなかったらしく、目を白黒させている。 「全く。大声を出してすまなかったが、他人に意見を伝えるならそれ相応の方法があるだろう」 「あ、え、えっと……ご、ごめんなさい」 案の定、驚いて素に戻ったリグルは下手に出てくる。 「君の言いたいことは大体わかっている。蜂蜜を採りたいなら蜂に配慮しろということだろう? だが、蜂蜜を採るために巣を壊していたのはもう100年以上前の話だ。 今はむしろ安定して採取するために蜂の健康管理を行うのが主流だよ」 「え……そ、そうなの?」 やはりそこか。ならば話は早い。 「嘘だと思うならついて来るといい。養蜂に使う器具を見せてやろう」 一旦怒りを抑えてしまった以上、再び強気に出ることができないのだろう。 リグルはおとなしく霖之助の後について行った。 そして、霖之助はリグルに巣箱や蜜を採取する遠心分離器、越冬用の管理部屋を見せる。 「これでわかったかい?むしろ僕らは蜂に敬意を払っているんだ。 そりゃ横取りするような真似はしているかもしれないが、相応の環境を整えているんだから共生といっても差し支えないだ ろう?」 「た、大変申し訳ありませんでした……」 「全く……生兵法怪我のもとというが、生半可な知識で他人に危害を与えるのはなおたちが悪いな」 「うう……ごめんなさい」 「とりあえず店の戸と家の弁償はしてもらうからね」 弁償ときいて、さあっと顔が青くなるリグル。 「あ……あの……私人間のお金は……」 かなりビクビクしている。少々脅しすぎたかとも思った霖之助だが、そもそも被害者はこっちのほうだ。 とはいえ、あまり恐怖心を与えすぎるのもよくない。 ここらで優しくして、よい印象を与えておくべきだろう。 「ああ、別に金銭をどうこう言うつもりはないよ。 まあさっきはああ言ったが、そもそも妖怪に人間の農業技術を知っておけというのも無理な話だ。 すまなかったね。少々気が立っていたようだ」 「え、あ、そんな、悪いのは私ですから……」 いきなり謝られて恐縮するリグル。完全に霖之助の術中に嵌っている。 「それで、弁償というのは他でもない。君の蟲を操る能力を借りたいんだが」 「……? どういうことですか?」 「まあそれはおいおい説明するよ。まずは、店に戻るとしよう」 店に戻り、リグルを座らせてお茶を淹れる霖之助。 蟲の妖怪とは言えども、人間の姿をしたリグルは人が食べられるものは大抵いけるらしい。 「すみません……ご迷惑をおかけした上にこんな……」 「まあそれはもうやめよう。敬語も使わなくていいから気を抜きたまえ」 「あ……っと、うん、わかった」 どうやらだいぶ打ち解けてきたようだ。 話してみれば、おとなしい上に礼儀もわきまえている。 霖之助は早くもこの少女に好感を抱いていた。 リグルも思ったより怒っていないことに安堵しつつ、実はいい人なのかな? と考えている。 「さて、弁償ということだが、君は妖怪であって、金を持っていない。ここまではいいね?」 「あ、うん。食べるものはだいたい蟲たちに探してもらってるから……」 一瞬何を食べているのか気になったが、あえて聞かないことにする。 今は関係ないし、藪をつついて蛇が出てきたら困る。 「と、いうことはなんとかして金を稼いでもらう必要がある。 一つ聞いておくが、君は人間の顔を見るのも嫌いだったり、人を見ると食べずにいられなくなったりしないね?」 「それは大丈夫。人間にもいい人はいるってことは知ってるし、私はあまり人間が美味しいとは思わないよ」 「ふむ。となるとあとは人里と話をつけるツテだが……慧音に頼むとするか」 そうして霖之助はリグルに金策の具体案を伝える。 最初は渋っていたリグルだが、霖之助が全力でバックアップすることを伝えると、罪悪感もあってか了承することになった。 そして数週間後。 「えっと、君達はここの畑に行って受粉を手伝ってきて。 ついでに隣の畑の蟲たちに場所を移動するように伝えてもらえる? そうそう。じゃ、よろしくね」 霖之助が提案したのは、蟲を操る能力を農業に応用することである。 なにせ農作業には蟲が常について回る。害虫のみを駆除し、益虫を増やす。その手間は並大抵ではない。 その点、リグルなら農業の害になる蟲に直接話をつけ、他所へ移ってもらうことができる。 また、霖之助の蜂蜜作りのように蟲の力を借りる場合でも、蟲と農家の間で正確に意思の疎通が可能となった。 農薬はいらない、作物の受粉はほぼ完璧、農家は雑草や水遣りなどに気をつけていればいい。 最初は妖怪のリグルを胡散臭い目で見ていた人間達も、慧音が保障したこともあって何とか受け入れてくれた。 お礼に関しては特に定めないとしたリグルだったが、タダでやってもらうにはあまりに恩恵が大きすぎる。 連絡がつきやすいようにとリグルが寝泊りする香霖堂には、金や収穫物などが相当な量届けられ、霖之助への弁償はあっけないほど簡単に終わった。 それでも、リグルは香霖堂から離れるつもりはない。 蟲ということで基本的に人間から嫌われていたが、ここ最近の活動でかなりその地位を向上させることができた。 人里の人間達も、むやみに蟲を殺すことは随分少なくなったらしい。 霖之助には感謝しているし、それに……。 「おう、リグルの嬢ちゃんじゃねえか! いつもありがとよ!」 「あ、どうも。こちらこそいつも色んなものを頂いちゃって」 「なあに、俺らがしてもらったことに比べりゃあんなの屁でもねえよ。 いや、今まで妖怪ってやつぁどいつもこいつも人間に襲い掛かってくるもんだとばかり思ってたが、あんたみたいなのもい るんだなあ。 それにしても、香霖堂の店主はいい嫁さんもらったもんだ。 気立てはいいし、なにより別嬪さんだもんなぁ!」 「えええ!? いや、別に私と霖之助さんはそういう関係じゃあ」 「なんだ、まだそんなこと言ってんのか?どっからどう見たって夫婦にしか見えねえけどなあ。 まあ少なくともあの店主だって憎からず思ってるはずだぜ。自信持ちな!」 「あ、ありがとうございます」 最近良くこういうことを言われる。本当にそうなんだろうか? 彼が自分を……。 熱くなる頬をパシンと叩き、リグルは今日も新しい生きがいを楽しむべく飛び上がる。 まだまだ香霖堂での共同生活は終わりそうにない。